責任があっての自由を目指す


責任と自由

「責任」はいらない、「自由」だけが欲しい。

僕は会社ではサラリーマンとして、
家では妻の夫として、子供の親としての責任がある。

これらの責任を全て放棄して自由になりたい。

僕は何度も思ったことがある。


仕事で大きなプロジェクトを任され、
それが大失敗した時に大きな責任をとらされた。


社内の人間からは冷ややかな目、上司からの信用も失い、
部下からもなめられた。


月100時間残業、3日間寝ずに働いたこともあった。

「このままでは死んでしまう」と何度も思った。


この時、僕を苦しめていたのは、
紛れもなく「責任」である。


責任から逃れるためには会社を辞めればいい。

それで自由になれるのだから。


でも会社を辞めたらどうなるかを
考えた時、家族のことが頭をよぎった。


妻を養っていかねばいけないし、
小さな子供を育てていかなければいけない。


夫として親として、僕は踏みとどまったのだ。


このように、様々な責任によって、
僕たちは形成され生きている。


じゃあ責任がない生活はどうなのか。


それはもうホームレスの方たちと
同じじゃないだろうか。


ホームレスになったことがないかわからないが、
おそらく僕より責任がなく、そして自由な生活が
送れているはずである。


ただ、そこにある自由って、ただ自由な時間があるだけで、
お金を使う自由もない、家のない生活は精神的にも自由がない。


これは僕のもとめる自由ではない。


責任があっての自由を求めることこそが、
健全な考え方だと思う。


責任ばかりを持ちすぎても体がもたないし、
自由ばかり求めてもろくなことにならない。


責任と自由のバランスを上手にコントロールすることが
自分の理想のライフスタイルを目指す上で重要である。

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